年齢の壁は本当か(前編)

前回のコラムで総務省の労働力調査を参照し、ミドル層(35~44歳)の転職状況に言及したが、今回はこのデータをもう少し掘り下げ、より正確な市場把握をしてみたいと思う。少し前まで転職の「35歳限界説」という言葉があったが、本当に35歳の壁は無くなったのだろうか。

労働力調査によると、2007年の転職者数は346万人だったがリーマンショックの影響により2010年には283万人まで減少。その後、徐々に回復しているが、2017年で311万人と2009年よりも低い水準。10年スパンで見て転職者が大幅に増えたという状況ではない。2010年以降、日本の人口は減少しているが、女性の社会進出等により労働人口の増加は続いている。わかりやすく見るために雇用者数に占める転職者の割合、つまり転職率で比較すると下記のような状況にある。

数値で見るとより明確だが10年前と比べ全体として転職は減っている。年代別で55歳以上の転職は増えているが、これは定年前後でリタイアせずに働き続ける、あるいは続けざるを得ない層が増えたためと解釈できる。それ以外、働き盛りの25~54歳を含むすべての世代で転職率は低下した。果たして、これは皆さんの「肌感覚」に合った結果となっているだろうか。

5月17日の日本経済新聞によると、人材サービス各社の2017年度決算は20社中16社で過去最高益を更新したそうだ。人材市場全体に占める人材紹介市場の大きさは売上ベースで5%以下と推測されるため、この記事だけで一概に転職市場が活況とは言えないが、上記グラフにはやはり違和感がある。従って違った角度からの考察も行ってみたい。

政府が公表する労働関連の統計データとしては。総務省の労働力調査のほかに、厚生労働省の雇用動向調査がある。労働力調査は、日本における就業状況、失業者、失業率を把握するため、総務省統計局が毎月実施・公表している基幹統計であり、その対象は無作為抽出によって選ばれる全国約4万世帯に住む15歳以上の世帯員。それに対し雇用動向調査は産業別、授業規模別に無作為抽出された5人以上の常用労働者を雇用する事業所および当該事業所の就職者と退職者を対象としており、最新の平成29年調査では14,746事業所から有効回答を得ている。つまり、雇用動向調査は従業員規模1~4名の零細企業を除いた調査であり、転職市場を俯瞰する場合にはこちらの方がフィットする。なお、雇用動向調査は1990年代からの時系列データが公表されており、こちらを見てみると、1990年代から2000年代にかけて転職する人の比率は上昇しているが、リーマンショック以降停滞し、ここ5年程度再び比率が上がってきた状況が見て取れる。すなわち、転職の一般化が進んだのは2000年代初頭にかけてであり、2000年代中盤以降、一旦転職率は下降し、2012年頃から再び上昇傾向にあるようだ。

年代別ではやはり34歳以下と35歳以上で大きな違いがあり、特に34歳以下の転職率が大きく伸びた1990年代は、バブル崩壊後に各社が採用を大きく絞ったため、「第二新卒」という言葉の登場とともに新卒時に希望の企業に就職できなかった若年層が転職市場に大挙して流入したという要因が考えられる。35~44歳の層についても34歳以下ほどではないものの同時期に転職率が上昇しており、2005年時点での転職率はそれぞれ10.1%、9.4%と2000年時点の30~34歳層の転職率を超えている。このような状況を考えれば、2005年には「35歳転職限界説」は無くなったと言ってもよいだろう。さらに上の世代に目を向けると、2013年には45~54歳層の転職率が8.0%に到達。これは前年、2012年の40~44歳層の転職率とほぼ同水準であり、私は2013年には「転職45歳の壁」も無くなったと考えている。

ここまで雇用環境から転職市場の大きな流れを再確認してきたが、一方、日本の人口構造に目を向ければ転職市場の壁を乗り越えてきたのは1971年から74年生まれの団塊ジュニア世代であったことが改めて明確に浮かび上がる。新卒のタイミングが就職氷河期と重なり、不遇をかこった世代であるが、この世代が歳を重ねるに連れ転職市場の様々な壁が破壊されていったのは、社会的な外部環境要因によるものだけでなく、世代の厚みが伝統的日本企業の内部の年代構成とのひずみを生み、それが大きな力となって既成概念を変えていったという側面も大きいと考えている。では、人数という「数」の上では徐々に一般化してきたミドル層の転職だが、果たして転職者の待遇アップや転職先企業の利益創出といった「質」の面で社会的な付加価値創造に結びついているのか、次回のコラムで検証してみたい。

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